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<title>コラム_野球：ドラ番ブログ</title>
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<title>焼きつけてほしい、スポーツ選手の最後の姿</title>
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<summary type="text/plain">　プロ１７年目の上田佳範外野手（３４）が９月２８日、ナゴヤドームでの本拠地最終戦...</summary>
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<![CDATA[<p>　プロ１７年目の上田佳範外野手（３４）が９月２８日、ナゴヤドームでの本拠地最終戦で「引退試合」に臨んだ。横浜戦に「６番右翼」で先発して、１回裏２死一塁の１打席目で投ゴロに倒れて、現役生活にピリオドを打った。落合監督は「難しいんだけどな。本当は最初に１番とかでパッと使ってやるのが、いいんだけど」。功労者に対するねぎらいとクライマックスシリーズ出場権を争う指揮官としての揺れる心境を口にした。</p>]]>
<![CDATA[<p>　昨年１０月５日の広島とのホーム最終戦でもデニー友利氏が「引退試合」として登板。栗原を三ゴロに仕留めて、ユニホームに別れを告げた。前日４日には森バッテリーチーフコーチが「明日は最後にデニーに投げさせるよ！」。投手起用に秘密主義を貫く同コーチとしては異例の発言。そのぎこちない口ぶりに友利氏に対する愛情がにじんだ。</p>

<p>　引退試合は、スポーツによってさまざまだ。ボクシングの元ＷＢＣ世界スーパーフライ級王者徳山昌守氏はこう言った。「ボクシングは終わりのないトーナメント」。ベルトを守る度に、次の挑戦者が現れる。負ければ、次の保証はない。大相撲では引退の意思を表明した時点で、次の取り組みができなくなる。「無気力相撲」が発生する可能性があるからだ。あとで振り返って「あれが引退試合だった」と思う競技もある。</p>

<p>　落合監督は、オリックス清原の引退試合について冷静な態度だった。ただ「満員になるのか？」と、観客動員数を気にかけていた。今年もスポーツ界でいく人かの選手が引退する。願わくば、１人でも多くのファンがその姿を目に焼き付ける機会があれば、と思う。</p>]]>
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<title>今後に生かせ！ルーキー山内のホロ苦“強制送還”</title>
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<![CDATA[<p>　９月１４日、ルーキー山内はまだ試合が行われている横浜スタジアムを後にした。タクシーで宿舎ホテルに着くと急いでシャワーを浴びて駅へ向かった。新幹線に乗り込むと、悔しさがこみ上げてきた。「荷物がやけに重かったです…。自分のどこがいけなかったか考えました」。名古屋までの１時間２３分、苦い、苦いプロ初先発を何度もかみしめた。</p>]]>
<![CDATA[<p>　この日、プロ初先発となった２３歳の新人右腕は４回までに４失点した。４番村田に２発、５番吉村に１発を浴びるという内容が落合監督の逆鱗（げきりん）に触れ、降板後に森バッテリーチーフコーチに「帰れ」と試合中の強制送還を命じられた。</p>

<p>　中日はそれまでの２試合で村田に３発、吉村に２発の本塁打を浴びて連敗していた。この日のミーティングでは内角を厳しく攻めること、最悪四球でも構わないことなどが確認された。だが、山内―田中の若いバッテリーは徹底できなかった。「どんどん内角で勝負していけということだと思ってしまったんです」。村田の１発目はすべてストレートの３球目。２発目もストレートだった。</p>

<p>　３冠王３度の現役時代、落合博満は嫌というほど歩かされ、ぶつけられた。「いつも逃げることばっかり考えていたよ。こっちは生活がかかっているんだ。中にはオレの背中の後ろにミットを構えているキャッチャーもいたよ」と苦笑いする。通算９２５７打席で１４７５四球（王に次ぐ史上２位）、６３死球。１試合に６度の四球は日本記録だ。打てば勝つ。打たれれば負ける。勝敗に直結する４番はそれだけマークされるのが当然だった。それだけに、若いバッテリーの“甘さ”が我慢ならなかったのだろう。</p>

<p>　「今まで１試合で２本打たれた記憶はない。（村田さんは）すごかった。でも落ち込んではいないですよ。自分に足りないところがわかりましたから」。怖い物知らずのルーキーが怖さを知った。それが今後に生かされるならば強制送還もただの制裁ではなくなる。</p>]]>
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<title>竜戦士が失意とダメージを負った北京五輪で得たものとは…</title>
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<modified>2008-09-12T06:45:31Z</modified>
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<![CDATA[<p>　失意のメダルなしに終わった真夏の北京五輪から、２週間以上がたった。中日は日本代表に１２球団最多の４人を送り出した。帰国した五輪選手は一様に失望とダメージを抱えていた。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　野手の荒木、森野は意外なところに疲労があらわれた。中日の代表選手をケアする目的で北京に同行した溝際トレーナーは言う。「試合後にマッサージに行くと、首の外側の筋肉が左右ともにがちがちに硬直していた。そんな状態は見たことがなかった。これが国際大会で日の丸を背負うということでしょうか」。</p>

<p>　荒木は、帰国翌日の８月２４日巨人戦から志願して出場したが、５試合目の同２８日阪神戦は「急性胃炎と極度の疲労」で欠場した。それでも翌２９日広島戦からすぐ復帰。こけたほおで「胃炎はストレス性らしいです。でも大丈夫。おれ、元気です」とピースサインを出した姿が、痛々しかった。</p>

<p>　岩瀬は、４試合に登板して０勝３敗、防御率１１・５７。極限のプレッシャーの中、チームではめったにないイニングまたぎの連続。１０年連続５０試合以上登板を視野に入れる鉄腕も、疲弊した。普段のシーズンでは３連投をした直後ぐらいしか使わない電気治療器を、毎晩のように使用したという。帰国直後は「自分が疲れているかどうかも、正直わからない」と放心状態。チーム最多５試合に登板したエース川上は背中痛など体調不良で２軍調整。チェンは縫い目の高い国際球を使ったため、五輪後は縫い目の低い日本の試合球に指がかからずに苦戦している。</p>

<p>　メダルもなく、ダメージを抱えた真夏の祭典。ただ何もなかったわけではない。川上は言った。「五輪では現実的なものとして得るものはほとんどない。ただ国の野球ファンのために、喜んでもらうために戦う。『誇り』という目に見えないもののために戦うことは僕にとって神聖だった」。</p>]]>
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<title>仮面の裏で渦巻く無数の苦悩</title>
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<summary type="text/plain">　いつも強気のオレ流監督が珍しく、弱音を吐いた。自分を責め、自嘲（じちょう）気味...</summary>
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<![CDATA[<p>　いつも強気のオレ流監督が珍しく、弱音を吐いた。自分を責め、自嘲（じちょう）気味に笑った。「昨日は眠れなかったよ。だめだな…」。６月28日横浜戦（横浜）で敗れた翌日のことだった。指揮官が悔いていたのは１－３で迎えた６回無死一、二塁で井上に強攻させた場面。結果は二飛で走者を進めず。次打者デラロサが併殺に倒れ、この試合、最大のチャンスはつぶれたのだ。</p>]]>
<![CDATA[<p>　「間違えた！　歩のない将棋は負け将棋。勝負ごとは１個のずれが１個のずれじゃすまなくなる」。試合終了後、落合監督はこう言い残して横浜スタジアムを去った。そして深夜、自宅に戻った後も勝負の１手を間違えたことがいつまでも頭に残っていたという。</p>

<p>　「スケベ根性を出したんだ。一気に逆転できるかもしれないって。でも、そこまでの力はうちにはないってことだ。あそこは送って８番、９番に代打を使っておけばよかった。将棋も詰めの１手を間違えると大変なことになるだろう」。</p>

<p>　１つの決断が勝敗を左右する。結果がダイレクトに跳ね返ってくる監督の宿命だろう。「まだ６回だし、もう１回チャンスがあるかなという気持ちもあったからな。でも大体、判断するまでに時間がかかった時っていうのは失敗するんだ。迷ったらだめなんだ」。決断の時、一瞬の逡巡（しゅんじゅん）があれば余計に後悔もまた大きくなる。だからこそ眠れないのだ。</p>

<p>　「もし、生まれ変わったらオレは野球はやらないだろうな。毎日、映画を見て暮らしたいな」。<br />
　そんなことを言いたくなる心情も理解できる。落合監督が眠れなかった夜－。おそらくシーズン中に１度や２度ではないだろう。グラウンドで見せるオレ流という仮面の裏には日々、無数の苦悩が渦巻いている。</p>]]>
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<title>エース川上のフォーム改良はさらに続く</title>
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<summary type="text/plain">　中日エース川上憲伸投手（３２）が、２３日日本ハム戦で投球フォームを変えた。昨年...</summary>
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<![CDATA[<p>　中日エース川上憲伸投手（３２）が、２３日日本ハム戦で投球フォームを変えた。昨年夏からランナーなしでもセットポジションで投げてきたが、この日は久しぶりのワインドアップだった。試合後は「何も考えずに元のフォームに戻しただけ」と話したが、決して“何も考えずに”１年間を過ごしてきたわけではない。</p>]]>
<![CDATA[<p>　セットで投げ始めた理由は「走者が出た時に、急にセットにするのもどうかと思って」というもの。勝敗を分けるピンチで使うのはセット。ならば最初からセットで投げておけば、重要な局面でも違和感なく対処できる。投球のバランスを重視する川上らしい考え方だった。そしてそこから試行錯誤が始まった。</p>

<p>　川上は「僕はたぶんチーム内で一番フォームを変えるタイプ。見ている人からすれば、間違い探しみたいなものです」と笑う。セットで構えた際にグラブを腹につけたり、離したり。テークバックの小さくして打者からボールを見えにくくしたりといろんな形にチャレンジした。プレートの立ち位置も一塁側や三塁側に動く。試合中でも平気で投げ方を変化させている。</p>

<p>　当然、すべてが結果に結びつくわけではない。実際にワインドアップに戻した日本ハム戦は稲葉の１発に泣いたが、８回３安打１失点と好投した。ボールのスピードが平均３キロ増し。本人も「球威が若干上がりましたね」と認めており、当面はワインドアップでの投球を続ける考えだ。ただ川上は「いろんなものを試すことをやめたら、それまで。ものにならなかったとしても、意味がある」と言う。セットを貫いた１年間は決して無駄にはならない。今後も試合のピンチでその経験が生きてくるはずだ。</p>]]>
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<title>あまりに早いスタメン８人衆の崩壊</title>
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<modified>2008-05-20T13:12:23Z</modified>
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<summary type="text/plain">　起きたことを悔いても仕方ない。ただ、悔いずにはいられない。そんな出来事が５月1...</summary>
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<![CDATA[<p>　起きたことを悔いても仕方ない。ただ、悔いずにはいられない。そんな出来事が５月14日ヤクルト戦（神宮）に起きた。３回、中堅森野が突然たおれた。左足ふくらはぎを抑えたまま担架に乗せられてグラウンドを去った。翌１５日に登録抹消。これは今後のオレ竜にとって通常の故障以上の痛手になるだろう。</p>]]>
<![CDATA[<p>　実は森野の故障が発生するわずか５日前、落合監督は“不動”を宣言していた。開幕からスタメン野手８人を替えていないのは中日だけだった。森野と李の打順を入れ替え、休養で谷繁を休ませることはあったが、メンバー表に書き込むのはいつも全幅の信頼を寄せる８人の男たち。ただ、打てない時も使い続けるのは我慢が必要ではないか？　そう聞いた時だった。</p>

<p>　「オレは我慢なんかしていないよ。だって今のメンバー以上の選手がうちにいるか？　いないだろう？　だったら我慢も何もない。その選手たちを使うだけ。それしか選択肢がないんだ。シーズンが終わったらある程度の数字を残している選手たちなんだ」。</p>

<p>　開幕から打線は停滞気味だったが、落合監督は動かなかった。結果が出なければ動きたくなるのが人の常。だが、動かなかった。１４４試合、８人の名前をスタメンに書き込む覚悟だった。だが、覚悟とは裏腹のアクシデントが起きた。</p>

<p>　山本昌が通算１９５勝を達成し、連敗を３で止めた神宮の夜。試合後に落合監督の口をついたのは森野離脱の話題だけ。それほど痛かった。シーズンはまだ１００試合以上残っている。あまりに早いスタメン８人衆の崩壊だった。</p>]]>
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<title>考えられなかったメジャー挑戦</title>
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<modified>2008-05-04T07:07:35Z</modified>
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<summary type="text/plain">　カブス福留が海の向こうで連日、活躍している。国内では４月７日にＦＡ権を取得した...</summary>
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<![CDATA[<p>　カブス福留が海の向こうで連日、活躍している。国内では４月７日にＦＡ権を取得した巨人上原が事実上の米大リーグ挑戦を宣言。現在、日本人選手がメジャーでプレーする姿は当たり前の光景になった。中日の森繁和バッテリーチーフコーチ（５３）は「現役時代に大リーグに３度、誘われたことがあった。でも当時は考えもしなかったよ」と言う。</p>]]>
<![CDATA[<p>　森コーチは、ドラフト１位で７９年に西武入団。８３年にはストッパーとして３４セーブを記録して、日本ハム江夏とともに最優秀救援投手に輝いている。８８年に現役引退してプロ通算５７勝６２敗８２セーブを記録。８６年には米国のジョーブ博士の右ひじ軟骨除去手術も受けている。米国と全く無縁というわけではないが、大リーグでプレーすることは頭に浮かばなかったという。</p>

<p>　８４年には日本ハムから江夏豊氏が西武に加入してきた。国内５球団でプレーした「優勝請負人」に他球団の話を聞くこともあったというが「他のチームからくる人は西武が１番と思って来るし、オレも当時は西武が１番だと思っていた」と振り返る。当時はＦＡ権というシステムはなかった。</p>

<p>　森コーチが米大リーグについて語る表情は複雑だ。「当時ははるか上の世界だと思った。今はアメリカのレベルが下がったのか、日本のレベルが上がったのか…。わからん。ただ選手には、ほしいといってくれるチームがあることはいいことだろうよ」。２０年以上前の現役時代に思いをはせるようにつぶやいていた。</p>]]>
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<title>オレ流指揮官が目指す理想のチーム</title>
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<summary type="text/plain">　男にとって１番大切な持ち物。それは理想－。確かこんなキザなＣＭがあった。多かれ...</summary>
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<![CDATA[<p>　男にとって１番大切な持ち物。それは理想－。確かこんなキザなＣＭがあった。多かれ、少なかれ、だれもが理想を追い求めて生きている（中にはそうでない人もいるが…）。そして開幕前の今は、監督も、選手も頭の中に思い切り理想を描いている時期だ。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　「さて、どうなりますかね～。こればっかりはやってみないとわからないんだ。まあ始まる前なら何とでも言えるんだよ。ハハハッ」。まだ肌寒い東京、開幕を控えた落合監督はそう言って笑った。言葉とは裏腹に表情には今季への手ごたえがにじみ出ていた。</p>

<p>　理想のチームとは何か？落合監督に聞いたことがある。その答えはこうだ。「監督が何もしないで勝てるのが１番だろ。監督はベンチで座っているだけで、選手が何をやるか判断して動いてくれたらこんな楽なことはないよ」。現実はそうはいかないが、０４年の就任以来、その「理想」を目指しているという。</p>

<p>　そして今年２月１日、落合監督は報道陣の前で宣言した。「ポジションは８つ埋まっている」。常に選手を競争させてきた落合監督が早々と８人のレギュラーを指名したのだ。荒木、井端、森野、ウッズ、和田、中村紀、李、谷繁、この８人への信頼と、期待がうかがえた。「主力はこっちの思ったことを理解してやってくれている」。ここまでのオープン戦、指揮官は自ら指名した８人の主力に満足している。今季こそ目指す野球ができるかもしれないとの思いはあるだろう。</p>

<p>　リーグ優勝は果たした。日本一にもなった。それでも思い描く野球にはまだ遠い。監督として５度目の開幕となる今季、果たして理想にたどりつけるのか。</p>]]>
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<title>ルーキー山内がみせた冷静な１球</title>
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<summary type="text/plain">　一瞬の間が空いた。１１日の西武とのオープン戦の８回裏。マウンド上には大学・社会...</summary>
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<![CDATA[<p>　一瞬の間が空いた。１１日の西武とのオープン戦の８回裏。マウンド上には大学・社会人ドラフト１巡目山内壮馬投手（２２＝名城大）、打席には西武赤田。１死走者なしのカウント２－０。オープン戦初登板でリズムよくボールを投げていたルーキーがじっとして動かない。目をこらすとあごを右方向に少しだけ振っていた。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　２９歳の捕手小川のサインに首を振って投げ込んだのは、ストレートでなくチェンジアップ。赤田のタイミングを外して二ゴロに仕留めた。試合後に山内に聞いた。「出ていたのは内角ストレートでした。首を振ったのは、何となくチェンジアップの方がいい感じがしたから。気持ちよく投げられました」。</p>

<p>　初登板のルーキーならば、気持ちがはやって直球勝負を選んでも不思議はない。ただ山内は冷静だった。この日の初球もカットボールだった。全１０球中ストレートは２球だけ。カットボールを中心に１イニングを打者３人で無安打無失点のパーフェクトに抑えた。そして何よりも自分の直感を信じて、捕手のサインを拒否することを実行した。</p>

<p>　山内の直球は決して速くはない。この日の最速は１４１キロだった。一方でカットボールは１３８キロを記録した。田中監督付スコアラーは「直球は驚くほど速くないけど、カットボールのスピードは速い。球速差が少ないから打者は嫌だろう。あとはマウンドでの投げっぷりがいいね」。山内は「１４８キロとかそんなスピードは絶対出ないですよ」とあっさり言う。自分の長所が球速ではないことを把握し、どうやって打者を打ち取るかを考えている。</p>

<p>　クルスの負傷離脱で、山内が「右の中継ぎ」に入る余地は十分ある。キャンプ中は２軍調整で、他球団にほとんど投球を見せていない利点もあるだろう。オレ竜の開幕ダッシュに山内がひと役買うかもしれない。</p>]]>
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<title>時期尚早？落合監督沈黙の真意は…</title>
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<summary type="text/plain">　３月３日、沖縄・那覇空港。落合監督は保安検査場を通ると、いつものようにサングラ...</summary>
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<![CDATA[<p>　３月３日、沖縄・那覇空港。落合監督は保安検査場を通ると、いつものようにサングラスをかけて歩き出した。「なんだよ？」。記者が近寄るとにやりと笑った。名古屋に戻る前に１つ聞いておきたいことがあったのだ－。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　今年もまたオレ流の煙幕に巻かれた１カ月だった。毎年のことだが、キャンプ中、落合監督はほとんど外出しない。朝、球場へ行く時も関係者以外立ち入り禁止の出口から出発し、球場から宿舎へ同じように戻っていく。報道陣が接触する機会はほとんどない。</p>

<p>　落合監督はキャンプを非常に重要視している。「今の時代、シーズン中の戦術で差はつかない。差がつくとすればキャンプだろう。どういう練習を、どれだけやるかが勝負を分けるんだ」。２度のリーグ優勝も、日本一も、ハードなキャンプがあったから勝てたと信じている。だから、ひたすらチームに、野球に没入するのだろう。ただ、記者にとっては監督の実態が見えずに困るのだが…。</p>

<p>　さらに今年は第２クールから口も閉ざした。サインをしながら報道陣の質問に答えていたが、第２クールに入った途端にまったく話さなくなった。報道陣との接触を避けるように球場を後にした。おそらく選手が競争している途中で、監督が評価を口にするのは時期尚早という理由だろうと推測した。ただ記者としては監督の評価が知りたい。沖縄を離れるまでに沈黙の意図は聞きたかった。だから那覇空港で待った。</p>

<p>　－にやりと笑った落合監督は、沈黙の意図を問う記者に少しだけ答えを返した。「オレに今の段階で何を期待するんだ？　何を言えっていうんだよ。言えないだろう」。記者の予想は遠からずだった。理由は他にもあるかもしれないが、自分の発言が選手たちにもたらす影響の大きさを熟知しているからこその沈黙。開幕まで破られることはないのだろうか…。</p>]]>
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<title>１８歳赤坂ほろ苦キャンプ…いい経験</title>
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<![CDATA[<p>　中日の高校生ドラフト１巡目赤坂和幸投手（１８＝浦和学院）は、両腕いっぱいにタオルを抱えていた。紅白戦が行われた２５日、初めて１軍の北谷球場を訪れた。「すごいですね。（２軍の）読谷球場の１００倍ぐらいはファンの人がいる」。視線の先にはサインに応じる中里や浅尾の姿。赤坂はタオルを抱えながら、先輩たちが来るのを待っていたが「これはちょっと無理ですね」と目を丸くした。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　赤坂は今キャンプではずっと読谷球場で調整していた。ルーキーの投手は第２クールから順番に北谷球場で首脳陣への「顔見せピッチング」を行ってきた。しかし赤坂は北谷行き直前でアクシデントが発生した。</p>

<p>　第１クール最終日の６日だった。投球練習後に右肩に痛みを覚えた。「ちょっと飛ばし過ぎたのが原因です」。練習がリハビリに切り替わった。読谷球場で別メニュー調整を繰り返す中で、同期生たちの評判が聞こえてくる。山内は２４日の韓国ＳＫとの練習試合で１回限定だが、先発投手を務めた。樋口は他球団スコアラーを「どこであんないい投手を見つけてきた」と驚かせた。赤坂は「樋口が呼ばれて、壮馬（山内）さんとかも先発で投げていて…。それを聞くとつらかったですね」。息子を見に来た父秀和さん（５０）とは読谷球場で再会。「頑張っているか？」と声をかけられたという。本来は同期たちのようにプロの練習試合で投げる姿を見せるはずだった。</p>

<p>　不幸中の幸いは右肩痛が軽症だったことだ。第３クール後半からは力を込めたキャッチボールをこなせるようになった。「しっかり治して頑張るしかないですから」。自主トレ期間中はルーキー投手３人の中で最も多くブルペン入りして準備してきた。１８歳の沖縄キャンプは苦い経験となったが、それを糧にする時間はまだある。</p>]]>
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<title>今年も情報戦でリードするオレ竜</title>
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<![CDATA[<p>　キャンプも中盤を過ぎるとネット裏が騒がしい。実戦編へ突入するこの頃、他球団のスコアラーが視察にやってくるのだ。新戦力のチェックはもちろん、各選手の球種やクセ、各打者の一塁到達のスピードなど分析は実に細かい。００７たちの情報戦－。オレ竜はここでも常勝だ。</p>]]>
<![CDATA[<p>　沖縄・北谷球場でライバル巨人のスコアラーがつぶやいた。「このチームはすごいよ。スコアラーが何人いるの？　逆にこのチームの先発を当てるのだって難しい」。昨年、オレ竜はライバル巨人に情報戦で完勝した。１０月１８日、クライマックス第２ステージの初戦、東京ドームに中日の先発投手が告げられた。リリーフ登板から中２日の「小笠原」だった。巨人ベンチは度肝を抜かれ、あるコーチは「むちゃくちゃだ」とうなった。このサプライズ先発で勢いに乗って快勝すると３連勝で日本シリーズ進出を果たした。</p>

<p>　「あの時だって小笠原の名前はあがっていたよ。ただ、小さな可能性だった。確証が持てる情報がなかったから。中日は漏れてこない。知っていたのは落合監督だけじゃない？」</p>

<p>　落合監督は０４年に就任した際、真っ先にセ・リーグ各球団にスコアラーを配備する担当制を敷いた。ライバルである阪神、巨人も翌年以降に担当制を取り入れたが、その後に元の持ち回り制へと戻った。今ではセ・リーグで担当制を敷いているのは中日だけとなった。交流戦対策のためにパ・リーグにも２人をつけている。</p>

<p>　ある球団のスコアラーが言った。「中日はある意味うらやましい。これだけのスタッフを配置して、会社もそれを認めている。オレ達の仕事は情報を扱うこと。それを重要視してくれるっていうのはやりがいがある」。先発、故障者などの情報を徹底的に隠す落合監督には批判も多い。ただ情報量、情報管理など「情報戦」を他球団より重視しているのは事実だ。</p>

<p>　１０・１８、巨人の度肝を抜いた“サプライズ”は情報戦での小さな勝利の積み重ねが生んだ。そして、今年もまた舞台裏での勝利がいくつかの白星を演出していくのだろう。</p>]]>
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<title>福田２３歳差山本昌と同居で緊張と期待</title>
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<modified>2008-03-24T07:58:38Z</modified>
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<![CDATA[<p>　かつて共同生活を１年間営んだことがある。といっても相手は女性ではなく男性。ともに５年目の大学生活を送る同級生だった。築２０年以上のアパートで２ＤＫ。家賃は５万円。４畳半の私が２万円、６畳の相棒は３万円を負担。友人でも気を使うことは多かった。それはチームメイトでも同じだろうし、ましてや親子ほどに年が離れた２人の場合は、どうなるだろう。</p>]]>
<![CDATA[<p>　中日の沖縄キャンプは北谷球場の１軍が高級リゾートホテル、読谷球場の２軍はリーズナブルなホテルを宿舎にしている。読谷球場では２人部屋や３人部屋があたりまえ。約１カ月を赤の他人と過ごすことになる。落合監督はキャンプを「完全分離キャンプ」と位置づけており、大ベテランの山本昌も例外ではなかった。</p>

<p>　キャンプ初日の１日、山本昌が１９歳の福田と相部屋であることを聞いて仰天した。２人の年齢差は２３歳。山本昌は「全然問題ない」と話したが、福田はそうもいかない。「本当にびっくりしました」と恐縮した。</p>

<p>　無理もない。相手は２００勝まで残り７勝に迫った球界屈指のベテラン左腕。福田はルーキーイヤーを２軍で過ごしており、これまで言葉を交わす機会もほとんどなかったはず。ベテラン投手と若い捕手の組み合わせならまだわかるが、福田は今季から打力を買われて内野手に登録変更された。「バッテリー」というカテゴリーの２人でもない。</p>

<p>　それでも福田は「緊張しますけど」と前置きした上で「長くやっていらっしゃる方なので、体調管理や調整をどうしているのか聞きたいです。もし投手心理についての話まで聞けたら最高です」と目を輝かせた。そのどん欲な姿勢があれば、４２歳との相部屋生活は貴重な経験になるはずだ。</p>]]>
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<title>気配りの「ひと声」欠かさぬ立浪兼任コーチ</title>
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<![CDATA[<p>　 「べんちゃん、乗れよ　」…。沖縄・北谷球場の屋内練習場。立浪は自転車にまたがると練習を終えた和田にこう声をかけた。メーン球場への約２００メートルをファンや、報道陣に囲まれながら必死でペダルをこいだ。３８歳と３５歳の２人乗り。立浪も和田も無邪気に笑っていた。</p>]]>
<![CDATA[<p>　立浪は今期から打撃コーチ兼任となった。ミスター・ドラゴンズがこのキャンプで指導者としての第１歩を踏み出したのだ。初日、すべての練習が終わった後、暗くなったメーン球場に現れた立浪は特打を行う新井に声をかけた。「せっかく秋にいい形になってるんだから、もう１度、あれを思い出せよ」。そして４日目、マシン打撃を行う和田には「べんちゃん、どう？　よう練習するなあ」とまず声をかけた後で気になったポイントを指摘した。共通しているのは言葉の中にある「気配り」だ。</p>

<p>　立浪がコミュニケーションの大切さについてこう話したことがある。</p>

<p>　「オレたちはプロだ。だからだれに何を言われても自分の仕事はやらないといけない。でもプロ野球選手である前に人間でもある。ひと声かけたりするだけで、すいぶん気持ちが違ってくる。人間なんて気持ちで動くんだから」。</p>

<p>　プロといえど機械ではない。みんな不安や不満を抱えている。それを取り除くのが「ひと声」の気配りだという。思えば昨年、オリックスを自由契約となった中村紀が育成選手として中日にきた時、真っ先に声をかけたのも立浪だった。</p>

<p>　そして今年はＦＡで加入した和田を２人乗りに誘った。法律では“違反”だが選手の心をほぐすには“合法”に違いない。コーチとして成功するか、否かはまだ先の話だろう。ただ、指導者・立浪を象徴するシーンだった。</p>]]>
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<title>視力回復で心機一転、２人の捕手に注目</title>
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<![CDATA[<p>　視力矯正手術の広告に、目を奪われたことはないだろうか。「はっきり見える」「コンタクトレンズのわずらわしさから解放」「目を細めることがなくなって明るい表情になる」。視力の弱い人にとって魅力的なうたい文句。それは野球選手にとっても同じ。中日ではオフに２人の捕手が新しく視力矯正手術を受けた。</p>]]>
<![CDATA[<p>　１人目は、２年目の田中。試合ではコンタクトレンズをつけた目をこする癖があった。マスク越しの目はいつも真っ赤に充血。「いつもやってしまうので、何とかしたいなと思っていた」と手術を決意した。</p>

<p>　当初、手術を予定していた病院では都合がつかなかった。迷っていたところで、母里子さん（４９）の後押しを受けた。広島の実家で里子さんがテレビの情報番組で紹介されていた病院に目をつけて「あんた、ここで受けんさい」とぴしゃり。田中はすぐに電話予約して手術。裸眼０・２だった両目の視力が左目１・２、右目１・５になった。そして何よりも目をこすって充血させる癖がなくなった。</p>

<p>　そしてもう１人はプロ１０年間、めがねをトレードマークにしてきた小田。オフに初めて年俸ダウンで契約を更改して、心機一転も兼ねて手術にトライした。１月の視力検査では両目とも０・１以下だった視力が１・５まで回復した。小田は目に関する話題について「順調よ、順調。いい感じ」と常に笑顔が絶えない。心機一転という意味で早くも効果を発揮している。</p>

<p>　視力矯正手術を受ければ活躍できるというわけではないが、明るく練習に取り組む姿は新鮮だ。「何かのきっかけ」を探していた２人にとって手術は、現時点でプラスに働いている。１日からは春季キャンプもスタートした。オフを経て、昨年とひと味違った選手たちの活躍が楽しみだ。</p>]]>
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