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◆ふくださん 福田豊(ふくだ・ゆたか)。85年日刊スポーツ新聞社入社。野球記者を11年。巨人、西武、日本ハム、アマ野球、連盟などを担当。野球デスクを7年勤めた後、2年間の北海道日刊スポーツ出向などを経て、現在は毎朝6時半出社で「ニッカンスポーツ・コム」の編集を担当。取材で世話になった伝説のスカウト、木庭教(きにわ・さとし)さん(故人)を野球の師と仰ぐ。好きなスタジアムは甲子園と、雄大な富士山を正面に拝める山梨・北麓球場。@fukudasunのアカウントでツイート中。

夏が来ると伝説のスカウトを思い出す(中)

11年06月27日 [09時51分]

 木庭教さん(故人)が「伝説のスカウト」と呼ばれるのは、無名選手を発掘する才能が優れていたからだと思う。

 広島時代の79年、ドラフト外で獲得した静岡・自動車工(現静岡北)の長嶋清幸外野手(現ロッテ2軍コーチ)がいい例だ。広島黄金時代に活躍し、84年の日本シリーズではMVPに輝いている。赤ヘルの背番号「0」と言えば覚えているファンも多いだろう。

 f-bb-nagashima-2011-0001.jpg               1984年の日本シリーズでMVPに輝いた広島長嶋清幸外野手

 ロッテ長嶋清幸2軍コーチのプロフィル(ウィキペディア)

 甲子園にも出場経験がない全くの無名選手。身長170センチと小柄だったこともあったが、ドラフトでは指名がかからなかった。広島、阪神がドラフト外で獲得に動き、木庭さんが口説き落とした。

 では木庭さんはどこに惹かれたのか? 「やんちゃ坊主というか、悪ガキ。打席に入る前にはいつもスタンドの悪友たちに『一発打ってくるぞ!』と予告して、その通り打った」という。もちろんパンチ力はあったし、俊足、強肩だったが、それ以上にそのやんちゃな性格が木庭さんのハートをとらえた。

 実はこの長嶋選手。私の小学校、中学校の1年先輩である。中学までは同じチームでプレーした。地元では有名な「ガキ大将」。当時はそんな問題児(先輩すみません)をよく獲得したなあと思ったが、木庭さんの眼に狂いはなかった。(入団までのいきさつなどは後藤正治さんが木庭さんのことを書いた「スカウト」(講談社)に詳しく記されている)

 つづく。

 

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