2009年10月14日
来季こそブラウン監督と英会話したい:高垣誠
私は英語が話せない。取材の数々の場面で、英会話を勉強しておけば良かった、と思ったことはこれまで数知れない。
芸能担当記者だったころ、世界の音楽史に名を残す超大物アーチストが来日した。彼を追って、京都駅で待ちかまえ、金閣寺で出待ちして、最後は関空で見送った。関空にはテレビ局や新聞、雑誌の取材陣がその離日の様子を伝えようと大挙して押しかけた。とうとう出発ゲートから姿を消す、というとき、なにかコメントを求めなければと思った私は、貧弱な英語の語彙をかきあつめて声をかけ「最後に日本のファンにメッセージを」と質問した。その言葉に、彼は振り向いてニッコリ笑い、しっかりと答えてくれた。何を隠そう、私にとってそのアーチストは憧れの的。その彼が質問に答えてくれただけで、もう有頂天である。
ところが、大きな問題があった。上機嫌でコメントしてくれたのはいいが、ほとんど意味が聞き取れないのだ。自分のヒアリング能力のなさを呪ったのは言うまでもないが、幸い取材陣は大勢いる。中には英語の達者な人もいるだろうと安心して聞き逃し、彼を見送ってから周囲の人に「なんて言ってました?」と尋ねた。ところが、そのときいた取材陣はだれも英語が達者ではなかった。互いに顔を見合わせて、どこか気まずい苦笑いの輪が広がった。私の決死の質問も、こうして無惨な結果に終わったのだった。
というような経験をするたび「よし、英会話の勉強をしよう」と決意するのだが、日本の日常生活では英語を必要としないので、すぐに決意を忘れてしまう。
広島担当になって、ブラウン監督に直接話が聞きたくても聞けない自分が悲しかった。せめて「貴方とは同じ年齢なんだよ」と話しかけてみたかったのだが、その話をする前に、彼は広島を去ることになった。
1シーズンしかつきあっていないが、ブラウン監督はチームが惨敗しても試合後の取材にはきっちり対応してくれた。感情的になる場面もなかったわけではない。しかし、総じて紳士的だった。「日本は好きだよ。友人もたくさんできたし、日本で仕事があれば喜んで」と話すブラウン監督は、来季、楽天のユニホームを着て野村カープと交流戦で対戦するかも知れない。その機会があれば、遅ればせながら「同い年なんですよ」と話しかけてみたい。
ちなみに、冒頭の超大物アーチストとは、元ビートルズのポール・マッカートニーである。英語力のなさゆえに、恐れ多くも「ヘイ ポール!」なんて呼びかけられたのだと、今も思い出すたびに赤面してしまうのである。
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