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2009年3月30日

シーズンでの藤川の完全燃焼に期待!

WBC連覇のカゲで

 私の想像より、はるかに盛り上がった大会だった。そうワールド・ベースボール・クラッシク(WBC)のこと。あれほど、日本中が大フィーバーするとは。やはり、決勝ラウンドまで勝ち進んだこと、米国を撃破したこと、韓国と数々の死闘を演じたことなどが、大きかったということだろう。

 準決勝、決勝戦とも勝因はいくつかあるが、最もポイントとなったのは、投手陣の踏ん張り。先発した松坂、岩隈が米国、韓国の強力打線の爆発を許さず、救援陣もそれぞれの役割を果たした。

 特に原監督、山田コーチがダルビッシュを抑えに回したのは、思い切った決断で、結果は、吉と出た。日本代表のメンバーを決めた時点では抑えは藤川、と首脳陣は決めていたが、米国入りしてからも本来の力が見られず。山田コーチは「調子が上がってこない」とコメントしていた。

 チームの勝利最優先には、方針変更もやむを得なかっただろう。ただ、藤川の胸中には不完全燃焼の思いが残ったはず。

 藤川は優勝祝賀会、シャンパンファイトでは笑みをあふれさせていた。テレビのインタビューでダルビッシュが「(藤川に)いろんなアドバイスをいただいた」と感謝の言葉を送っていた。

 そして、帰国後の会見で藤川は「全員が誰より練習してきたと思う。その努力したこと自体が自分の中での誇り。自分の野球人生に役立てていきたい」と語った。このセリフの中に密かなリベンジの炎が感じられた。

 積極的にダルビッシュにアドバイスをするあたりに、藤川のフォア・ザ・チームの姿勢が出ている。首脳陣の抑え外し? に不満も持っていないだろう。ただ自分に対する悔しさは、日本に持ち帰ってきたと見ている。

 あれは3年前のシーズン当初。今は指揮官となった真弓明信氏が、日刊スポーツ評論家として、藤川にインタビュー取材した。守護神として、輝きを放ち始めた頃の藤川。大望も包み隠さず口にした。

 「打者に前へ打たせるのがイヤなんです。バットに当てさせたくないんです」。

 真弓氏の横で聞いていて、その理想の高さ、求めるレベルの高さに驚かされた。要するにすべての打者を空振りか見逃しでアウトにしたいということだった。

 その後、実際、その大望に近いピッチングを何度も披露した。まっすぐと打者が分かっていながら、バットにかすらない、というシーンはファンの方もご覧になっただろう。

 自らに大きなノルマを課し、その高い壁を乗り越える--。これは、もう藤川のプロ選手としての生き様になっているはず。だから、逆に今シーズンのトラの火消しに期待したいし、出来ると思う。

 「自分の野球人生に役立てていきたい」とは“球児のリベンジ宣言”と受け止めている。

 3月29日のオープン戦最終試合。藤川は救援で凱旋登板。1イニングを2三振など3人でピシャリとオリックス打線を料理して、巻き返しをアピール。なおリベンジへの期待を抱かせてくれた。


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浅岡真一「独断流」
浅岡真一(あさおか・しんいち)
 1950年3月24日、大阪生まれ。早大卒業後、74年、大阪日刊スポーツ新聞社に入社。4年近くの内勤を経て、78年から運動部記者に。近鉄を6年担当、その後、阪神担当に。85年のリーグ優勝、日本一を目のあたりにした。現場時代はその執拗な取材活動から「ゴキブリ記者」とも呼ばれた。89年から運動部、報道部デスク、運動部長などを歴任、その間もほぼ野球の世界で取材活動を続けてきた。編集委員、広島総局長、編集局次長、営業局長などを経て、04年8月から現場記者に復帰。趣味はスポーツ観戦、テレビのニュース、クイズ番組視聴。

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