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2009年1月16日

本人の思いは別にして選ばれていいはずだが…

落合の落選

 さる13日、本年度の殿堂入り4氏が発表された。競技者表彰のプレーヤー部門で元ヤクルトの選手・監督だった若松勉氏が、同エキスパート部門で元大洋監督の故青田昇氏、特別表彰では日本ハム前オーナー・故大社義規氏、故君島一郎氏の4人がその栄誉に浴した。

 この「野球殿堂入り」、ファンの方は東京ドーム内にある野球体育博物館にその表彰者のレリーフが飾られることをご存じかもしれないが、よほどの野球通でない限り、その選出方法については詳しくはないだろう。

 そこで、簡単に記してみたい。全国の野球記者15年以上を経験した人が、あらかじめノミネートされた候補者から選ぶのがプレーヤー部門。そしてエキスパート部門、特別表彰は野球機構関係者などの表彰委員が選出することになっている。

 要するに、ベテラン野球記者が一票を投じるのはプレーヤー部門だけ。そこにいろんな“悲喜こもごも”が起きる。2年連続で、しかも今年は1票足らずで選からもれた落合博満・中日監督などは、その典型例だろう。

 この表彰、どの部門でも全有効投票の4分の3を満たさないと選出されないことになっているが、落合監督は今年の得票が227で選出に1票足りなかった(これで、全国の表彰記者の数が類推できるはずだが)。

 この結果には中日・西川球団社長も「おかしい」と首をひねっていた。三冠王3度は史上初の快挙で、確かにその実績からして、同社長の疑問もうなずけるところがある。

 一部には「本人は別に望んでいないだろう」という声もあるというが、それと選手としての偉大さに敬意を表すこととは別ではないかと思う。

 かつて、元阪急の左腕エースの故梶本隆夫氏が、何年か選ばれないことがあった。そんな中の06年9月に帰らぬ人となった。私は阪急担当こそしていなかったが、よくお話しをさせていただいた縁で、追悼の原稿を書かせてもらった。

 その内容は、200勝以上挙げた投手の中で唯一の負け越しが逆に大いなる勲章。どれだけ「灰色のブレーブス」の屋台骨を背負っていたかの証明であると。そして、この人が殿堂入りしてないのは「おかしい」とまで記した。
 取りようによっては、同業者批判、いや明らかに批判であり、そう受け取られても構わないと、思っていた。

 私ごときの批判が同業者を動かしたとは、ゆめゆめ誇る気はないが、逝去から4か月足らずで、カジさんは歴代の球界の偉大な人たちの仲間入り。表彰式に列席された享子未亡人の晴れやかな笑顔に胸打たれた。

 そんな経験もあり、今回の落合監督の落選には、かなり感じるものがあった。だから、どうこうせよと、もう同業者に訴える気はない。ただ、やはり野球人の引退後の最高の栄誉は、その実績に応じて与えるべきではないか。本人の意向には関係なく…。


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浅岡真一「独断流」
浅岡真一(あさおか・しんいち)
 1950年3月24日、大阪生まれ。早大卒業後、74年、大阪日刊スポーツ新聞社に入社。4年近くの内勤を経て、78年から運動部記者に。近鉄を6年担当、その後、阪神担当に。85年のリーグ優勝、日本一を目のあたりにした。現場時代はその執拗な取材活動から「ゴキブリ記者」とも呼ばれた。89年から運動部、報道部デスク、運動部長などを歴任、その間もほぼ野球の世界で取材活動を続けてきた。編集委員、広島総局長、編集局次長、営業局長などを経て、04年8月から現場記者に復帰。趣味はスポーツ観戦、テレビのニュース、クイズ番組視聴。

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