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2011年2月18日

ようやく“らしさ”が、本来の勝ち気さが……

3年目の阪神・真弓監督

 やっとやな――。近頃、2月のキャンプに入ったころから、妙に得心する日が続いている。阪神の真弓監督のアクティブな行動、言動に接するからだ。

 いくつかのパフォーマンスを挙げてみよう。

 ◆「絶対優勝」のゲキ(1月31日の全体ミーティング) 一軍キャンプを翌日に控えて「自分たちの力を出し切って、絶対に優勝しよう」と、強い口調で選手に訓辞。

 ◆「無制限練習」の指令(2月1日、キャンプ初日に宣言) キャンプではメニューが作られ、その予定表通りに練習が行われるが、ややもすれば時間通りの“流れ作業”になりがち。その弊害を憂慮、中身が第一と指揮官の方針を明らかに。時間にこだわらず、メニューを1つずつ、やり遂げるように各コーチ陣に指示した。

 ◆「若手に怒り爆発」(2月13日、対ヤクルトの練習試合後に) ヤクルトの4人の投手陣に完封負け。先発起用した俊介、坂、森田らの不発に「あのスイングじゃあ遠くに飛ばない。まだまだ振りが弱いように見える」と叱咤。

 ◆「再度のゲキ」(2月16日、対日本ハム戦直後に) 2度目の練習試合でも、細かいプレーができない若手に外野でのミーティング。表情が厳しかった。

 上記のような動き、言動は私が感じた顕著なものだが、これまでの2年間とは違っていることは確か。

 ただ、私としては「3年目の変身」とは表現したくない。むしろ「胸で休んでいたマグマが、うごめき始めた」と受け取っている。

 現役時代、スマートで温厚なスター、というイメージが定着していた。確かにそれは、一つの個性だった。ただ、いわゆる「好青年」だけでは、プロの世界で生きていけない。激しさ、熱さも、彼は併せ持っていた。

 あれは日本一に輝いた1985年の前年だったと記憶する。ある汚いヤジを飛ばされた真弓選手は、その人間に向かって、スタンドに行こうとした。関係者に止められたが、あの時の形相は忘れられない。

 「やっぱり、許せないことはあるからね」。後日に聞いたセリフだが、熱いハートの一例だろう。

 それから四半世紀、阪神の指揮官になって「好青年」の部分が、2年間では多く出て「熱血」は、どこかにしまいこんでいた。

 自らが先頭に立つことを避けて、コーチを、選手を信頼することを何よりも優先してきた、と見ている。しかし昨年、あとひと押しが足りずに覇権を握れなかった悔しさが、本来持っている「熱血」にスイッチを入れたのだ。

 これからオープン戦、公式戦と真弓監督の“らしさ”はもっと鮮明になってくるはず。それは1試合ごと、ペナントレース全体にも色濃く出てくる。

 秋に満開の花が咲いているか、いや全面に出た真弓監督が咲かせているか……。


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浅岡真一「独断流」
浅岡真一(あさおか・しんいち)
 1950年3月24日、大阪生まれ。早大卒業後、74年、大阪日刊スポーツ新聞社に入社。4年近くの内勤を経て、78年から運動部記者に。近鉄を6年担当、その後、阪神担当に。85年のリーグ優勝、日本一を目のあたりにした。現場時代はその執拗な取材活動から「ゴキブリ記者」とも呼ばれた。89年から運動部、報道部デスク、運動部長などを歴任、その間もほぼ野球の世界で取材活動を続けてきた。編集委員、広島総局長、編集局次長、営業局長などを経て、04年8月から現場記者に復帰。趣味はスポーツ観戦、テレビのニュース、クイズ番組視聴。

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